やっぱり訳わからん!!!!2008年01月29日 09:26


何としても、昼間の排便回数減らない。

時には、午前中痛い事も有って”訳わかん”。どうしようかな?
”かかと”と”腰”の痛みは生体院で治りそうなのでしばらく毎週通うことにしている。

お腹が、問題!なかなか思うように成らなくて”いらいら”である。
乳酸菌と食物繊維とアミノ酸の製品選びに成るが、これが今までと同じ繰り返しに成りそう。
終わり無き苦悩の連続では困るので何とか終止符を打ちたい。

焦らずじっくりストレスに成らない要に楽しんで行こうかな!

これが、なかなか楽しめない!発狂寸前のぎりぎりで無理にも楽しもうとしてる感じ!

紙一重だね!

危ない 危ない!そんな、危険な毎日!!!!

最近。夜起きる回数が減る!!!2008年01月25日 08:53


理由が分からないが夜の排便回数が減った。

最高な夜は、10時から4時まで一気に眠れた。嬉しかったね!
でも、2日しか持たなかった!

でも、嬉しい。何時かそんな日が当り前になる可能性は有る訳で!だだ、この病気は病状が安定しないのが当り前らしいので大きな期待は持たない方が無難かも!
ま、今までに無い良い結果なのですなおに喜んで良いかと思う。
乳酸菌の摂取方法と夜の過ごし方などこれから良かった日の過ごし方を参考にしてトライして絶妙なバランスを探す旅に出発だ。

そんな、戦いの日々の連続も人生の退屈しのぎにはなる。
いろいろな趣味を奪われた今この戦いが唯一の趣味に成りそう。
それが、良いのか悪いのか分からないが!

あまり、遠い将来の不安の中に居るよりはその日その日を見つめて楽しんだ方が良いのかもね!

あしたは、どんな日が来るのかな?

やっと2008年01月21日 18:29

お腹より腰とかかとに背中と首の筋肉がはってしょうがない。

12月から調子悪かったのでもっと早く来たかったのだけどタイミングが合わず今日に成ってしまった。

2008/01/21 9:11:42 AM
これから診察!改善してくれると良いが!
2008/01/21 11:26:30 AM

診察終わってちょっと買い物して母の病院に来ている。
ほんのわずかに動きが良くなった様な気がする。
”少しずつストレッチや歩く練習をしなさい”とのアドバイスをいただき今、母の昼ごはんを食べさせるために待機中!

ま、のんびり行きましょうかね!

新たな問題!2008年01月14日 20:30


筋肉の硬直がひどく成って来た!

食物アレルギーによる栄養不足からビタミンBの欠乏が原因だろう。早速買って来ました。ビタミン12と葉酸の入った末梢神経を回復させる薬を!
今日から飲んで何時効果が出るのか?アレルギーは大丈夫か?

今夜が鍵!

一つ解決すれば一つ問題が出る!
この繰り返しがこれからの人生なのか!
ま、退屈はしないよね。それだけは確かなことだね!

楽しんでるよ!

今夜が、楽しみだね!

乳酸菌選びに終止符!!!2008年01月12日 13:19

やっと見つけた。

それは、一番怪しいと思っていた製品で何度かトライした結果最高の成果を得られた。
今朝からその成果に驚かされている。不思議なことに足の状態も良くなって何か関連が有りそう!
良く分からない病気だから何でもトライする事が肝心か!
眠れない夜と痛みを覚悟の上で!

20日は父の一周忌!準備に追われてる。今の状態が続く事を願う!
ここまで苦しんだ価値は100%!
が、この病気くせ者で突然変化するので気は抜けない!
ま、今日良ければそれで良し。明日は、??????

で、良いのかも!

顎の矯正で肩こりが治った!!!2008年01月07日 13:16


ウソの様な本当の話。

ここ何ヶ月か異常な肩凝りと腰とかかとの痛みに悩まされていた。昨日ネットで”肩凝り”と検索するとその中に”元から治さないとだめ”とあったので見て見ると”顎がずれてるのが原因である”とあった。
”うん~~~”思い当る。というのは、何年か前に歯医者で”迷い顎”と診断されそれが歯槽膿漏の原因であると診断され”スプリット(マウスピースのような物)”成る物をはめさせられ三年間かかり矯正した経験があるので”ピーイント”ひらめいた。そういえば、最近顎を何時も左右に動かす癖が出ていた。それから、調子悪くなった要に思われる。
で、早速歯と歯をしっかり正しくかみ合わせてストレッチをしたところ何といいではないか!
今朝、整体に行こうと思っていたけど必要無くなった。むしろ歯医者でも一度見てもらう方が良いようだ。
ま、しばらくは自分で意識して顎を固定する癖をつけるように努力かな!
こう文章を書いていてもかなり意識していないと顎を動かしてる。頑張りどころだね。
思わぬ発見をしてラッキーってとこかな!

が、お腹はイマイチ乳酸菌決めかねてる。今朝も、排便有るも9時ごろから回数増えるし痛い!
弱ったね!

一つ良ければ一つ悪いそんな毎日.....

乳酸菌どれが良いのか悪いのか?2008年01月04日 09:28


やはり、合わせて飲むのは良くないようだ。

どれか2種類位に絞る必要が有りそうだ。きのうの組み合わせは今朝快便は有ったがちょっと出過ぎで痛い!止めてたプレドニンを0.25mm飲んでしまった。
きょうの組み合わせでどうなるかな?
ゆうべも1時間おきにトイレが続きそうなので座薬で抑えた。
足の痛みが無くなるとお腹が痛くなる。辛い正月だったもう明日から仕事始め良い状態でスタートしたいものだ。
一種類乳酸菌飲んだが昼の様子で二週類目はやめるかも!
足の痛みも薄らいだので買い物に行けそうだ。母の病院にも行ってご飯食べさせたいし家の中の片付けも出来そうだ。

ま、何とか切り抜けて明日を迎えたい!

母の病院から!!!2008年01月03日 14:19

足の痛みが薄らいだので病院で遊んでる。

結局、きのうは一日動けなくテレビで過ごした。

今日は、少し動けそうなので買い物もあるし家でじっとしてはいられない。退屈でしょうがない。昼飯を母に食べさせてから自分のめし食べて午後、ちょっと買い物!
乳酸菌のテストは順調で今のところ何れも異常なし。
もしかしたら、いろいろなメーカーの製品を取りすぎるのかも!
種類を減らす事も考慮している。
もちょっと、テストしてから!!!

いつもなら、正月はゴルフか御前崎でウインドサーフィンしてるのに自分は病気するは母は入院するはでまったく別の世界に来てしまった見たいでまったく人生なんてあしたの事は予測出来ないね。

人生ってあまり計画立てない方が良いかも。
出たとこ勝負で楽しく過ごすが勝ちかもよ!

おれは、”きりぎりす”かな!!!

新年早々からトラブル!!!2008年01月02日 12:29


大晦日に元旦の朝まで1時間おきにトイレ通い!!

とんでもない正月になった。元旦は”ぼーっと”して母のいる病院で寝てしまった。昼ごはんを食べさせようと思ってたのに病院に着いたらもう終わって寝てた。
その後、しばらく母の寝顔を見ていたら寝てしまった。約2時間も!その時から左足首に異変を感じていたので家に帰ってから”ストレッチ”を入念にした。
これが、いけなかった。立てないほどに痛みが”かかと”に出てしまいまともに歩けなくなってしまった。だい失敗!!!!
今日も、母のいる病院に行く予定が家で安静にする事に成ってしまった。
掛り付けの整体院も正月休みだししばらく自宅での安静をするしかなさそうだ安静も大変な仕事で肩はこるし腰は痛くなるし”ストレッチ”は出来ないし。頭痛薬を飲んでDVDを見るしか何も出来ない。
正月に予定してたいろいろな事はすべて”キャンセル”
取り合えず”乳酸菌のテスト”だけは実行している。
大晦日の失敗は”おおばこ(食物繊維)”の摂取が原因と分かったが今まで何とも無かったサプリだけにショックは大きい。
もしかしたら、乳酸菌ではなく”おおばこ”が全ての原因だったりして!それは無いと思うが!!テストの結果は正月明けには判明すると思う。
今までokだった食品やサプリが急に合わなく成るのもこの病気の特徴らしい。
だから、絶えず変化を食生活につける必要が有るようだ。
ま、正月だからごろごろも良いか!

と、自分を慰める2008年のスタート!!

順天堂物語!!!2007年12月24日 08:32


3月29日の思い出!!!

一泊2日での順天堂病院内視鏡検査の全貌!

第一章
不吉な予感
それは、28日夕方の6時に家を出た直後に現れた。何と道路の渋滞この時間帯にありえ無い朝と同じ状態だ。え、”どうしよう”と嫌な感じでスタート。
竜王駅までそれは続いた。結局、ホームで電車を見送る羽目になった。甲府発かいじ7時発には乗れない!さっそくまゆみに電話。いつもは、メールでの交信がほとんどだがこの場合は電話だろう。 ”おい、乗り遅れたぞホテルのチェックインは大丈夫か”まゆみ”そう、じゃ電車その後はちょっと遅れるわね、ホテルは大丈夫よ電話して置くから”とメモを見ている様子。”そうか、それならいい甲府駅に付いてから時間確認してメールするよ”と切り返して電話を切った。20分ほど待つことになった。そんなに長くは感じなかったが人気の無い田舎の駅は私に何となく嫌な予感に襲わせるには十分な条件を満たしていた。
甲府駅につき時間をみるとスーパーあずさ35号が19時40分に出発とある。15分待ち位で乗れそうなのでさっそくまゆみにメール。ホテルへのチェックインがOKと分かってからは電車乗ってからも”行は良い良い帰りは何とか”で御機嫌でゆうなにメールで”今出発”だ”今八王子だからお母さんに連絡よろしく”とかルンルン気分で新宿入りする。ま、田舎者には新宿駅は目が回るね!まゆみが案内してくれなければ1時間はうろつくね。トイレの心配が無ければ何の問題も無いのだけれど。明日、起こるとんでもない一日を予測する暇も無くホテルにチェックイン。前回よりちょっと値段の高い部屋で携帯からブログに投稿したり家ではあまり見ない夜のテレビを見たりリラックス出来た。
11時に成ってしまい慌ててベットインする。
明日起こるとんでもない一日を前に。

第2章

目覚めとともに頭が痛い。なれない旅で緊張が続いたせいだろうこう言う頭痛はよくあるので何時もは薬持って要るのだが今回は忘れた。どうしよう?
ずきずき痛む。”まづいな”ドラックストアを探そうと思いロビーに電話”すいませんドラックストアって近くにありますか”と聞くと”よろしければ用意してありますけどバファリンで良ければ”と救いの手が出てきた。
このホテルは良いね。
朝食は食べれないから暇だトイレに通うだけの時間が過ぎて行く。10時から下剤を飲む指示が出ていたがホテルから病院までの距離を考えるとやはり速めに飲むことにした。9時を待って飲み始める。味はまずくはが量が2リットルあり2時間以内に飲むことに成って要る。最初の一杯で15分後には第一回目の排便があり後は一杯飲むことに順調でブログ投稿しながらのんびりしていたが1時間を過ぎた辺りから排便が水っぽく成って来て間隔が空いて来た一杯飲んでは運動して出してを繰り返す12時チェックアウトが近付いて来る。なかなか出が悪くなる。”もういいかな”と11時40分ごろチェックアウトして病院に向かう。恐ろしい事なぞ想像も付かずに。
第3章
病院
病院までは、10分位の距離だった。病院の門が見えて辺りでそれは始まった。便意を催したのです。もう殆ど水便なので我慢が出来ない”あ、まずい”と思った瞬間には出てしまった。ま、こんな事もあろうかと母が使用しているパットをしていたのでパンツまでは染みなかったが、何とも表現の使用が無い小学校以来かな?まだ水の便なのでパットが吸い取ってしまうので安心だけどね。院内に入りトイレに飛び込んだ。便器に座った途端に残りのほとんど水の便がジャー。水道のジャグチ目一杯回した様な勢いで発射。取り敢えず”ほ”とするが、まだ残っていそうなので一度終わった後も、トイレの回りをうろつきながら3回位の発射を繰り返した。このころから尻の辺りが落ち着きが無くなって来た。
順天堂病院内は、田舎の病院とは大違いホテルの2階吹き抜けロビーだね。ソファーも大きくゆったりとしてお尻に優しい。正面玄関は改装中だった。入ると正面エスカエーターで2階に上がる右手にレストランがありそのまま進むと受付がある。何か自動の受付機が有りそのまま進むと会計そして一番奥が院内薬局に成っていた。受付から会計スムースで特に印象に残ったのが、薬が会計が終わって書類を薬局で提出するともうできて要る。これには愕いた田舎では考えられない。前回来た時の事を考えて要るうちに12時を回った。予約は2時半だけど2号棺なので速めに入ってトイレを確認する事にした。
第4章
内視鏡検査
2号館入ってすぐ左手にトイレ確認して右に回ると受付がある。まだ、早いのでゆっくり携帯でブログ書いて待とうとソファーに座ろうとしたら受付嬢がさっそく声をかけてくれた。受付用紙に必要事項を書き込み提出してブログ書いていたら、大草教授に出会い”おはようございます”と声をかけると”ちょっと待ってね”と奥に入っていった。それから何分もしない内に看護婦さんが”すみません、予約の患者さんが遅れているので先にしていただけますか?”だって”いいですよ”そう返事を返してラッキーって心の中で呟いた。この後でとんでも内事に成るなんて知る由も無く喜んで看護婦さんの後に付いて検査室のロッカールームに入った。すると、看護婦さんが来て”予約の人が来たので待ってください。すいません”と変更を告げに来た。何だよ!と思いながら採り会えず支度だけは整えて待つことに成った。素っ裸に成り穴の空いて要る方を後ろに来る用に履いてロングのガウンを着ていると看護婦さんが”すみません、やっぱり直ぐに出来ますからどうぞ”と慌しく変化する状況だ。看護婦さん決して美人じゃ無いけど感じの良い応対で田舎の病院との違いに関心しているといよいよベットに案内され内視鏡検査の始まりだ。大草教授自ら点滴の注射をする様子、だいたいは看護婦さんがするのに珍しいと言うより初めての事でちょっと驚いた。一回目の針を失敗する!”おいおい”とちょっと驚いた。
内視鏡をモニターで見るのは大腸は初めてで田舎の病院でした時はモニター無しだったし麻酔も無しだったと、大分やり方が違うのに驚いていると”パチパチ”と組織を採取し始めた。幾らかチクと感じたらモニターに血がドバっと弾けるのが写し出されると”え、大丈夫かい。失敗じゃないかい”と疑ってしまった。潰瘍は下降結腸からS状結腸そして直腸へと広がっていた。かなりひどい状態で有る事は素人目でも分かる位だ。写真も10枚位は取っていたし組織採取も5.6回していた。その度に、僅にチクリとするのが感じられた。田舎の病院の時は腸内に入って要るのを感じ排便を催しながらの苦しい検査だったのに比べ快適な検査でその差の大きさに医療格差と言う現実を見せつけられた。
大草教授の”よし、これで終わります”の一言で検査は終了する。そして、”ペンタサ倍だな。次回から療法に入ろう”と力の入った声で言った。”おお、ペンタサ倍か。へえ~~”と見立ての違いにも”うふん~~”って感じで”ほっと”し気持ちに力が充電された様な不思議な瞬間を感じた。と、ここまでは順調で、この後に飛んでも無いことが起ころうとして要る事を誰が予想出来ただろうか。
点滴したままトイレに入り、”え、”真っ赤な血が便器に付いているではないか”どうしよう”。”トイレから出る時はナースコールをしてください”と言われていたのでボタンを押す。”看護婦さん血が出て要るけど”看護婦”はい、組織を採取したので出血は有ります。”と平然とかわされて”あ、そうですか”と安心するが、この後にとうとう来た。恐ろしい体験をすることになる。

第5章
恐ろしい体験
トイレが終わってベンチに座っていると”麻酔が効いているので1時間ほど休んでください”と看護婦さん”あ、そう”と言って居るところへ若い男の医者が来ていきなり点滴に2本注射をした。”何の注射ですか?”と聞くと”麻酔してますのでこの注射ですっきりしますよ”と言い行ってしまった。さ、この後が恐怖のひとときと成るのである。
薬が効いて来ると、意識が遠くなりはじめて手の指がしびれて力が抜けて目が開いて居られない。”おいおい、おかしぞ”と看護婦を呼ぶと血圧計で計ったり脈を計ったりと大騒ぎになるのである。立てなく成り遠く成って行く意識の中で1月に他界したおやじの顔が浮かんで来た。”何かミスかこのまま入院か”体が動かない。看護婦が移動用のベットを持って来て休息所に運ぼうとするが動けない”ちょっと待って”と遠くなる意識の中で呟いていた。すると、大草教授も来て手首の脈計り”時々有るんだよね、少し休むと直るよ”と一言言って行ってしまった。もうほとんど意識は無いそのまま休息所に運ばれて1時間程ほとんど身動き出来ず耳鳴りが”ぶんぶんして頭の中もからっぽでこのまま入院か”なんて死の淵を歩いている様な何とも言えない恐怖極まる時間を過ごした。長い長いとても長く不安な時が流れそして小便を催し意識朦朧とする中、やっとトイレ済ませてベットに戻ると看護婦さんが”もう時間ですから”と追い立てられるように着替えさせられ第二病棟を後にしてまゆみの待っている吹き抜けのロビーへと向かった。もう1時間位は横に成って居たかったのに最後は、そっけない扱いでそんなもんかと目が覚めた思いだ。
しばらく、まゆみとロビーで休んでから順天堂病院を後にした。
その後、耳鳴りは消える事は無かった。今だに!
あの、注射さえしなければ何て事無く御機嫌な一日に成ったのに。順天堂病院も大したことは無いか!なんてね!
ATM療法を終え半年が過ぎた。
経過はどうかって・・・70%の成功率の中には入れなかった。
食物アレルギーもあるとの診断で食事制限は一段と厳しく成った。
ここからは、自分で解決するしか無さそう。病院は順天堂からもとの共立病院に戻してもらった。
結論は、先生(栄養学の知識が無いので食事に関しての情報を得られない)は当てに成らない特に難病指定を受けた病気は自分で勉強して食事やサプリメントなどで食べて見てどう成るか実験を繰り返すしか方法は無い。

これからの人生を賭けて戦って勝つまで戦って行く!
一度きりの人生だから負けて終わりたくは無い。
きっと、勝利する!